ニュースリリース

2020年09月30日ニュースリリース

「2020年本田賞」 ドイツ工学アカデミー評議会議長ヘニング・カガーマン博士が受賞

〜現実世界とデジタルの融合(サイバーフィジカルシステム:CPS)※1による第4次産業革命(Industrie 4.0)の提唱で世界に大きな影響を与えた〜

 公益財団法人 本田財団(設立者:本田宗一郎・弁二郎兄弟、理事長:石田寛人)は、2020年の本田賞を、経済的成長と社会的利益を促進するパラダイムシフトを実現するための方策として、現実世界とデジタル世界を結び付ける概念「Industrie 4.0」を提唱し世界に伝えたとして、ドイツ工学アカデミー評議会議長ヘニング・カガーマン博士に授与することを決定しました。1980年に創設された本田賞は、科学技術分野における日本初※2の国際賞であり、人間環境と自然環境を調和させるエコテクノロジー※3を実現させ、結果として「人間性あふれる文明の創造」に寄与した功績に対し、毎年1件の表彰を行っています。

 2011年〜2012年にかけて、ドイツではインターネットと実世界を結び付けた議論が盛んに行われていました。カガーマン博士が率いるドイツ工学アカデミーがその議論をリードし、2013年にはヴォルフガング・ヴァルスター博士(ドイツ人工知能研究センター創設者)とヴォルフ・ディーター・ルーカス博士(ドイツ連邦教育研究省国務長官)とともにサイバーフィジカルシステムとIndustrie 4.0の概念を確立・提唱しました。また、カガーマン博士は「戦略的イニシアチブIndustrie 4.0実装に向けた提言」の執筆者であり、製造業、流通業、物流業、ヘルスケア、社会基盤、農業などあらゆる産業においてデジタルの力を活用した産業最適化の必要性を提唱しました。ドイツ政府が進める「ドイツアクションプランハイテク戦略2020」の将来プロジェクトにIndustrie 4.0が設立されてからは、その代表アドバイザーとしてドイツと世界各国の企業連携を支援し、デジタルトランスフォーメーション(DX)についての国際的な議論を深めることに尽力しました。

 第4次産業革命ともいわれるIndustrie 4.0は、先進国のノウハウ提供を通した新興国・途上国の発展を促し、持続可能な社会の実現に寄与するものです。また、現在では Industrie 4.0の発展型としてプラットフォーム型のビジネスモデル「スマート・サービス」や人工知能や機械学習を用いて学習する「自律システム」の作業部会で主導的な立場を担っています。こうしたカガーマン博士の取り組みは本田賞にふさわしい成果であると認め、今回の授賞に至りました。

 本年で41回目となる本田賞の授与式は2020年11月17日に日本とドイツをはじめとした世界各国を中継するオンライン形式で開催され、メダル・賞状とともに副賞として1,000万円がカガーマン博士に贈呈されます。

カガーマン博士の活動について

 ドイツでは1989年の東西統一以降に取り組んできた経済改革が功を奏し、経済再生に成功していました。しかし、2008年にリーマンショックによる世界的不況と経済改革の行き詰まりにより、好調だったドイツ経済は停滞期を迎えることになります。ドイツ政府は、その後の経済発展の原動力となる成長戦略を必要としていた中、当時ドイツ工学アカデミー会長であったカガーマン博士が提唱したのがIndustrie 4.0でした。

 人類はこれまで産業革命を3回経験してきました。最初の産業革命は18世紀末、水力や蒸気機関を利用した動力機関を用いることで、人手に頼ったあらゆる産業の機械化・工業化が進みました。20世紀初頭に訪れた2回目の産業革命では動力源が電力となり、あらゆる場所で機械が使えるようになりました。1970年代から始まった3回目の産業革命では、ロボットや工作機械といった製造設備が普及するとともに、コンピューターの活用によって人の知能に関連するような作業も代替することが可能になりました。そして、カガーマン博士が提唱するIndustrie 4.0は4回目の産業革命であり、現在進行中のものです。情報技術の導入によって社会のあらゆる機械がインターネットに接続され、モノとサービスのインターネット(Internet of Things <IoT>and Services)が導入されることを指しています。

 しかし、Industrie 4.0の影響は製造業の生産性向上にとどまらず、その大きな目的は人間の能力が作り出す付加価値の高度化、勤務環境の改善、生涯教育の実現、さらには資源の合理的な使用にあります。働く人を定型的な業務から解放し、価値を創造する活動に集中できる労働環境をもたらすことが期待できます。また、先進国が有する高い技術や豊富な経験といった種々のノウハウは、新興国・途上国への提供を通して発展を促し、持続可能な社会の実現に寄与するだけでなく、ワークライフバランスの改善をも期待されます。日本では第5次科学技術基本計画でSociety 5.0が提唱されるきっかけとなり、中国も「中国製造2025」計画を策定。米国ではインダストリアルインターネットコンソーシアム(IIC)に代表されるIoTの産業実装を目的とした企業団体が続々と設立されるなど、大きな広がりを見せています。

 インターネットによりモノとサービスが「つながること(Connected)」自体は、20世紀後半からあるものです。Industrie 4.0はデータを活用して産業の本質を可視化、透明性、予測可能性、自律化へと発展させ、製造業のみならず各産業における別次元の柔軟性と機敏性を持った最適化を目指すなかで、人間の存在自体を含めた、より良いエコシステムの実現を狙った、全世界に対する一つの考え方を提示したものです。

 エコテクノロジーの原点は本田宗一郎が語っていた「技術で人々を幸せにする」ことであり、Industrie 4.0が目指す「標準化とオープンスタンダード」により人々の生活を豊かにするという考え方は本田賞にふさわしい成果であること、また、新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的に感染拡大し、社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速度的に進む今だからこそIndustrie 4.0が目指す姿を正しく伝えることが重要と考え、今回表彰することとしました。

  • ※1サイバーフィジカルシステム(Cyber-Physical System): サイバーフィジカルシステムの詳細については、次のWebサイトをご覧ください。 https://www.acatech.de/publikation/cyber-physical-systems/ (ドイツ語/英語)
  • ※2Honda調べ
  • ※3エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱

ヘニング・カガーマン博士

ドイツ工学アカデミー評議会議長

略歴

1972年
ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン実験物理学部 卒業

1973~1982年
ブラウンシュヴァイク工科大学 理論物理学 博士課程&ポスドク課程

1985年
ブラウンシュヴァイク工科大学 物理学員外教授

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職歴

ドイツのソフトウェア会社SAP AGにてプロジェクトマネジメント/コントロールを担当。
同社の執行委員に任命された(1991)後、共同CEO(1998~2003)、CEO(2003~2009)を歴任。

主な活動

2009~2015年
欧州連合(EU)の独立機構であるEIT(欧州イノベーション技術機構:イノベーション・研究・教育の三機能を併せ持つ産学連携機構)の構成組織KIC(知識・イノベーションコミュニティ:分野ごとに複数存在)の一つであるEITデジタル(旧EIT KIC ICT)において、執行運営委員会の初代委員長を務める。

2009~2018年
acatech(ドイツ工学アカデミー)会長

2010~2018年
リサーチ・ユニオン役員(2006~2013)およびその後身であるハイテク・フォーラム役員(2014~)として、Industrie4.0、スマート・サービス、オートノマスシステムの各プロジェクトを担当。ドイツの研究政策上の課題や、イノベーションシステムのさらなる発展の必要性についての提言を行い、ドイツのハイテク戦略における中枢的役割を果たす。

2010~2018年
ドイツ電気モビリティプラットフォーム(NPE)委員長として、電気モビリティの主要マーケット兼主要サプライヤーとしてのドイツの発展および地位の確立を共通目的に掲げ、連邦政府顧問機関として広範な予測・提言・目標の定期報告を行う。

2010年~
連邦政府の代表者(ドイツ国首相、連邦教育研究大臣、連邦経済エネルギー大臣、連邦財務大臣、連邦首相府長官)と科学産業分野の代表者間で行われるイノベーション・ダイアログの運営委員長として、ドイツのイノベーション領域およびイノベーション政策のあらゆる側面について、連邦政府に対し第三者エキスパートからのアドバイスを提供。

2017年
ドイツ連邦経済エネルギー省および連邦教育研究省より、プラットフォーム・インダストリー4.0国際代表/顧問に任命。Industrie4.0の実現に向け、各国の科学者、関係省庁、関係企業との議論を推進。

2018年
連邦交通デジタルインフラ省より、ドイツ次世代モビリティプラットフォーム(NPM)委員長に任命。旅客・貨物輸送の双方における高効率、高品質、高適応、高可用、高安全、高レジリエンス、かつ低価格なモビリティ利用を可能とするほぼカーボンニュートラルな環境配慮型交通システム実現のため、異種交通手段を組み合わせるリンケージ・プラットフォームの構築を推進。

2018年~
acatech評議員会会長